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黄色い銀河の種の年
2013年7月26日〜2014年7月24日
青い共振の嵐の年
2012年7月26日〜2013年7月24日
白い律動の魔法使いの年
2011年7月26日〜2012年7月24日
赤い倍音の月の年
2010年7月26日〜2011年7月24日
黄色い自己存在の種の年
2009年7月26日〜2010年7月24日



※書いた月から、ダイアリーを検索できます。さらに書いた日からも、カレンダーをクリックするとダイアリーを検索できます。
Dali Seli Gamma Kali Alpha Limi Silio
Dali Seli Gamma Kali Alpha Limi Silio
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SATSUNMONTUEWEDTHUFRI

マヤの預言とコズミック・ダイアリー2013
マヤの預言とコズミック・ダイアリー2013 302ページ 2,800円(税込)
柳瀬宏秀著

2012.7.26-2013.7.25
2012年という意味を考え、10年ぶりに、仕様を元の形に。
ハードカバー A5判 302ページ


全7章からなる、「本」であり、マヤの叡智に意識をあわせ、実践的に身につけるための「コズミック・ダイアリー」です。
コズミック・ダイアリーはマヤの叡智から生まれた13の月の暦の公式ダイアリーです。

詳細・お申し込みは、こちらから

「マヤの叡智」の常識
ホゼ・アグエイアスのヌースフィア(精神圏)
「マヤの叡智」の常識 366ページ 3,150円(税込)
柳瀬宏秀著

「マヤの叡智」は「時間の叡智」
マヤの時間とは宇宙の周期。「時間の叡智」とは「高次元の叡智」なのです。 地球が自分の意識を表現するという時代が始まります。
詳細・お申し込みは、こちらから

初詣の 願いを 祈りに
初詣の 願いを 祈りに 238ページ 2,000円(税込)
柳瀬宏秀著

9000万人の人々が、初詣に出かけます。 9000万人のほとんどが、自分のための「願いごと」をします。 9000万人の「願い」が、地球のための、宇宙のための「祈りに」変わったなら・・・ 日本人の「心構え」が変わり、、日本が変わり、宇宙が変わります。
詳細・お申し込みは、こちらから

新版 マヤン・ファクター
      - 2012年の真実(リアリティ)
208ページ 1,785円(税込)
ホゼ・アグエイアス著
訳 柳瀬宏秀/福井久美子
監修柳瀬宏秀

周期が閉じるときに起こる重大な出来事に向けて、人類に準備を促すーー。 マヤの預言は、今日の世界を支配しているのとはまったく異なった時間についての感覚、その新しい知識についてのシステマティックなプレゼンテーションなのです。
詳細・お申し込みは、こちらから

2012年への進化- ホゼ・アグエイアス伝記
448ページ 2,940円
ステファニー・サウス著
訳 井元悦子 監修 柳瀬宏秀

ホゼの半生をたどれば、マヤの預言が聴こえてくる! この物語は、預言に対するスピリチュアル・アドベンチャーであり、また今日この惑星に生きる人類のすべての
人生に関わる物語なのです。
詳細・お申し込みは、こちらから

マヤの叡智と日本人の魂の融合
マヤの叡智と日本人の魂の融合 307ページ 2,000円(税込)
柳瀬宏秀著

コズミック・ダイアリーの精神、時間はオーガニック・オーダー(有機的秩序)について、わかりやすく解説
詳細・お申し込みは、こちらから

9.11人類が、正義という呪縛から 解き放たれるために
128ページ 1,365円(税込)
柳瀬宏秀著

究極の非道徳とは、自然のリズムをはずした生き方をする、ということです。 どうしてか? それは、自然そのもの、宇宙そのものを破壊するからです。
詳細・お申し込みは、こちらから

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Detail(the article)(Diary詳細)
日時 KIN 65  水晶の月(9)01:27:02 (2015年6月7日)
タイトル 2005年、2005年、特別な日に、ホゼ・アグエイアスと パ
内容
■この旅に向けてのホゼのメッセージ

3月2日は、白い惑星の鏡の日。パカルヴォタンの墓が開かれてから銀河の周期で5
2回目の記念日から、最初の銀河の周期の日にあたります。

この日にパレンケにいることはとても特別なことです。パカルヴォタンがその墓をこ
の私たちの時代に、預言となるよう設計した日であり、パカルヴォタンの波動とエネ
ルギーに私たちは合わせることができる特別な日なのです。

日本からここへ来ている人々とっては、この特別な機会は、すべての日本人のために
この預言を伝える役割を与えることになるでしょう。
この預言の意味は、私たちは2012年に向かっていて、2012年に宇宙的な平和
に到達するために、私たちの心と社会を変化させることを急がなくてはならないとい
うことです。

パレンケでの私、(ホゼであり、周期を閉じる者としてのヴォタン)の話は、
パカルヴォタンの預言の意味について、特に新しい考古学の情報について焦点をあて
ることになるでしょう。

この情報はパカルヴォタンが本当に超自然的な存在であることを示しており、
それによって、私たち自身に起こる超自然的な体験に対して、私たちはどのように準
備をしておくことができるか、ということを理解するためのものです。

この情報について学ぶために、私たちすべてが一緒にいられるということはこれ以上
に、幸先の良い預言的な時間はないかもしれません。

すべては私たちがパレンケで会ったときにわかることです。
日本からのすべてのKINにお逢いできることを楽しみにしています!!


■柳瀬からのメッセージ

「On the Road to 2012」というタイトルで、
2004年の太陽の月に、ホゼ・アグエイアス博士が来日し、講演をしました。

その主旨は、来るべき2012年というものに、人類は直面せざるを得ない。
この年にマヤ暦のGreat Cycleが終わっており、私たちの認識する歴史の幕が閉じ
る。それゆえ、今や地球上の出来事はある種クライマックスの様を呈し、前世紀に人
口は指数的に膨れ上がり、生物圏における退廃は心苦しいものがある。この時代が、
"Closing of the Cycle."と考えられているのだ。
そのために宇宙のサイクルに基づく生活を取り戻さなければならない、そしてその準
備にとりかかなければならない。そのことが現在の生活様式を劇的に変化させ、それ
により、決定的な崩壊から免れる道が開かれる。という預言的なメッセージをもって
の来日でした。

この時から、多くの仲間が、マヤの叡智から新しい時間への旅立ちを促し、その歴史
的な考察を伝えるべく、活動を始めていることだと思います。

来日の最後の日に、メディアの取材と3人の国会議員との会談をした後、
ホゼの日本人に込める「思い」を感じたときに、この来日の意味を成就するために直
観的に感じたビジョンが、「新しい時間に、日本人が旅立つ」象徴的な意味を込め
て、ホゼと日本人がパレンケに旅立つということでした。
ホゼにこのことを伝えると、深いところで動かすものがあったのが明らかで、ホゼの
方で、その大きな意味を込めてパレンケに日本人と共に旅立つ日を、決めるというこ
とになりました。

これが、今回のツアーが生まれ、この時に旅立つようになったいきさつです。

マヤの叡智が52年前のパレンケでのパカル王の棺の発見から、預言として現代に
甦ったことを合わせて、新しい時間に旅立つ日本人として、今回の歴史を閉じる者と
して、一人でも多くのKINに、パレンケにご一緒に旅立つ意味を感じていただけるこ
とを願います。


■そして、ひとりひとりのこの旅にむけての「思い」

 ・・・・・・・・・・・・





■さらに、この新しい時間への旅立ちについて、知った多くの人のこの旅への
共感と共振と共有の感覚。


それは、692年からのパカルヴォタンの思いに、
バルム・ヴォタンこと、ホゼ・アグエイアスの直観に
日本人の参加したKIN、さらに多くの共振するKINの意識が、
重なり、

この旅は、日本人が新しい時間に旅立つという象徴的な意味を込めて、
パレンケに3次元的に旅立ち、パカル・ヴォタンのエネルギーが感じられる特別な日
に、
波長を合わせ、第10バクトゥーンの頃のマヤの意識を感じ、
2012年に向けて、人類の進化ということに焦点をあてる旅でした。


パレンケの遺跡、碑銘の神殿のピラミッドの底に、
パカルヴォタンの墓が発見されること導いた通話管。

この発見にマヤの預言の意味を見出し、地球霊の通話管、
テレクトノンというツールを生み出した。

■テレクトノンは、啓示である。

13の月の暦が、人の悟りの道であり、集合的な心、意志、
スピリチュアリティの回帰であり、普遍的なテレパシーの
勝利であることを示す啓示である。



少し、旅のなかで、心の、時間の航程を辿ってみたい。


銀河の月の22日 黄色い銀河の戦士

パレンケに行く前に、パカル・ヴォタンに、周波数を合わせる目的で、メキシコシティーの人類学博物館のマヤの部屋に行く。

パレンケの十字の神殿のパカルヴォタンの絵に出くわす。
また、地下には、パレンケの碑銘の神殿の
パカルヴォタンの墓をテーマに、翡翠の仮面に、埋葬されたパカルヴォタンの様子が再現されていた。左手に玉、右手にキューブの翡翠をもって、埋葬されていた。
この球と立方体の意味が気になり、をガイドに聞くが、わからなかったが、パレンケでホゼが、彼のほうから説明してくれる。
 翡翠の玉は、唯一絶対の真実を表し、また左手は古代を表す。また、左側は存在する最高の叡智を顕わす。
 翡翠の立方体は完成された人の叡智を表わす。右手は物理的、数学的真実を表わし、左側は創造を表わす。
 左手の翡翠の球と右手の立方体は、宇宙論のためのものである。

 テレパシーのように答えを得て、パレンケ、ウシュマル、テオティワカンと、手に持てる大きさの球と立方体を探す。


銀河の月の23日
テレクトノンで、ボロン・イクが、パカルヴォタンと再会する日、
恋人たちの再会の日に、
Plaza Palenqueで、ホゼとステファニーに再会する。


銀河の月の24日 白い惑星の鏡の日 
パカルヴォタンの74回目の260日周期の日
 
日本で、この旅のために瞑想が呼びかけられている時間に、
ホゼのオリエンテーションとしての、1回目のレクチャーが始まる。

ホテルのホゼが確保してくれた部屋は、サロン・ヤシュチラン 
ヤシュチラン YAXCHILAN は、パレンケ近くの熱帯雨林に眠る宗教都市
のこと。マヤ語で「緑の石の場所」の意味。


この日、テレクトノンでは、天上歩行1日目
そして、パレンケの遺跡に。
ホゼの解説の元、遺跡を廻る。

夕方、5時前に、パレンケの遺跡に再びやってきて、
すべての観光客が遺跡から出た後、
午後5時に、ホゼと一緒に、日本人のKINが、遺跡に入る。
再び、碑銘の神殿にやってくる。

碑銘の神殿の裏側に回り、
ピラミッドを登り、8段目の上で、ピラミッドの正面に回る。

そして、夕暮れのパレンケの遺跡が一望でき、
天上からのように、692年前のパレンケを感じる。
森の中の壮大な街。金属を持たない、黒曜石がナイフ代わりのマヤの人々が、
石を切り、この石のピラミッドを築いた。

9段目にあたる、ピラミッドの入り口から、ホゼと一緒に中に入る。
急な階段を下りていく。階段の向きが変わると、さらに階段は急になり、
横向きになり、片手を階段につきながら、湿気で濡れている
石灰岩の階段をピラミッドの底まで、考古学者が辿った通話管を
意識しながら降りる。


1997年に、ホゼが我が家に来て、カレンダーを普及するにはどうすればいいか?
という問いに、普通の人がダイアリーとして使い、使っているうちに、自然に28日周
期が身につくダイアリーを。しかも、表紙はパカルヴォタンの墓。
といったときのことを思い出す。
コズミック・ダイアリーは、98年、99年、パカルヴォタンの石棺の絵を金色にデザイ
ンし、その後、写真集と一緒になったときも、カバーを取った本自体の表紙は、
7年間いつも、この石棺のパカルヴォタンの絵になっている。

1949年、地球霊の通話管を発見したアルベルト・ルースは、この通話間に沿って通路があるのを発見し、その埋められた土砂を取り除きながら27m堀すすんで、ピラミッドの基部に位置する地下墓室に1952年に達して、パカルヴォタンの墓を発見し、その墓を開いたのが1952年6月15日、白い惑星の鏡の日。それから、52年たって、最初の260日目、墓が開かれたその日から74回目の260日周期が、今日、2005年3月2日、白い惑星の鏡の日。
アルベルト・ルースの墓の前で、パレンケのピラミッド、特に、碑銘の神殿を見ながら、ホゼの説明を聞く。

パカルヴォタンの墓碑である石棺の蓋は、長さ3.8m幅2.2m、厚さ25センチの1枚岩で作られている。



石棺の蓋の絵。その石棺の大きさゆえに、この石室から、外に出ることが不可能な
蓋。そして、紋章。そこにある空気に触れる。
いきなり、パカルヴォタンの波動に触れてみた。
ホゼがいうところの、「パカルヴォタンがその墓をこの私たちの時代に、預言となる
よう設計した日であり、パカルヴォタンの波動とエネルギーに私たちは合わせること
ができる特別な日」に、パカルヴォタンに周波数を合わせる以外に、するべきことが
あるだろうか?

奇跡的に、その墓に入ることができたのにもかかわらず、そこに入ることが予定され
ていたかのように、パカルヴォタンの墓に入り、そこのエネルギーに周波数を合わせ
るという、今回の旅の目的を達成させるべき体感が、心と体を震わせる。

ホゼのレクチャーが、ひとつの波打つ呼吸となって、リズムとして感じる。

地球霊の通話管を辿り、湿気ですべる階段を、ピラミッドの地面より下のところか
ら、
ピラミッドの上のところまで、汗だくになりながら、息を切らせて上っていく。

9段目の入り口までたどり着き、細い階段脇の足場を伝わり、入り口から、
パレンケを見渡す光景と空気に触れる。

上で待っていたメンバーと交替し、これまた、奇跡的に、禁止といわれていた
写真、ビデオ撮影を、墓の前で急に、係りの人から許可され、撮影を次のメンバーに
託す。

また、階段に戻り、墓に通じる階段の途中に腰掛け、パカルヴォタンとその頃のマヤ
に意識を合わせるように瞑想をする。階段の肌触り、壁の肌触り、地下とピラミッド
の空気の通話管のなかで、「真の秩序と自然のすべてとの調和へと回帰するための共
通の回路」といったことを探りながら、地下と外の声に、促され外に出る。

黒人の血が混じっていそうな女性がいる。
今回、パカルヴォタンの墓に入れるように取り計らってくれた52年前の発見のときか
ら、すべてを見てきたモイセス氏の知り合いなのか、そばに座っている。フランス生
まれだというので、フランス語で話すと、歌手だという。どんな歌手なのかと聞く
と、チャネリングをして歌うという。
今回の日本人が新しい時間に旅立つための、という趣旨を話、チャネリングしてう
たってもらう。

ピラミッドの上から、パレンケのかってのマヤの魂を風が運んでくれるのを感じてい
ると、ホゼたちが戻ってきた。

ホゼに、地球の虹の橋の瞑想をしたいと伝える。
しばらく、考えて、うなづく。
全員がピラミッドの石段に座り、パレンケの夕暮れの光と
風を感じながら、ホゼの誘導で、虹の橋の瞑想を行う。

アース・スピリット・スピーキング・チューブ、地球霊の通話管に触れた後、
地球とひとつになる瞑想を行う。
692年、10バクトゥーンのマヤ、パカルヴォタンに周波数を合わせる。
21人の日本人のKINが、その中心にいる。

地球霊の通話管、コズミック・ダイアリー・セミナー、13の月の暦に親しんだ人なら、テレクトノンとして、耳慣れた言葉かも知れないが、サイモン・マーティンとニコライ・グルーベが書いた「古代マヤ王歴代誌」におもしろい記述と、考古学的な通話管への考察が垣間見れるのご紹介したいと思います。

「ハナ―ブ・パカル1世の葬儀はこの神殿の建設中、もしくは建設後でも行えたし、また、古典期マヤでは一般的に行われていた再埋葬もできた。再埋葬は肉の落ちた骨を形を整えて並べ、多くの顔料をふりかけた。同じように、墓室へと続く階段は葬列の行列がとおることを考えて設計されている。途中にあるピラミッドの西側へ抜けるトンネル(階段の通気孔)は、墓室に埋葬された王との交信のためにつくられたらしい。階段が閉ざされたあとも、この通気孔によって死せる王との交流は維持されたのだ。この孔は外の世界と閉ざされた墓室とを結ぶ「魂の通路」で、これを伝わって魂が階段をのぼり、外に出ることができると考えられたのである。」

また、同じ本の十字の神殿の記述のところに
「碑文のなかでは、木星、火星、土星と月が690年の夏に直列したという、めずらしい現象に特別な関心がはらわれていた。この日ある神殿が「燃やされた」という記述が強調されてその翌日にはキニク・クック・ナーフ(「偉大な太陽のケツァルの家」)と呼ばれる別の神殿が開設されている。同じ日づけはカン・バラム2世の肖像が彫られた大きなヒスイにも記されている。」
という宇宙のリズムと暦と人の意識を一体にしていた精神と魂の構造が覗える。

パカル・ヴォタンと呼んでいる、
12歳で王位を継承したキニチ・ハナーブ・パカル1世について、同じ文献から 
K’INICH=JANA*B‘=PAKA=la
誕生:603年3月23日
9.8.9.13.0.8アハウ 13ポプ 
即位:615年7月26日
9.9.2.4.8.5ラマト 1モル
没: 683年8月28日
   9.12.11.5.18. 6エツナブ 11ヤシュ
妻  ツァクブ・アハウ王女
父  カン・モ・ヒシュ
母  サク・クック王女
息子 カン・バラム2世 カン・ホイ・チタム2世
墓  碑銘の神殿

パカルとは、盾という意味である。





銀河の月の25日  テレクトノンでは、天上歩行 2日目

2日目のホゼのレクチャーを受け、パレンケの博物館で、ホゼの解説を受ける。

そして、パレンケの遺跡に行く。

宮殿の上に登り、
最初の印象とはすっかり、変わった、意味のある、よく足を運んだ、なじみの場所の
ように感じる、碑銘の神殿を見つめながら、少し、文章をかく。

日本からの学生が二人、隣で、しゃべり始めたので、
マヤのこと、パレンケのこと、カレンダーチェンジのこと、
コズミック・ダイアリーのレクチャーを行う。

パレンケの遺跡のすぐそばにある博物館で、宮殿の模型を見ながら、今残っていないのだが柵のような形で一番上に宮殿のまわりに、宮殿全体に張り巡らされたものがあった。それをホゼは、アンテナの機能を持ったものだと説明している。
ほんとなのか、という衝撃があった。重要なのは、建物全体、宇宙の周波数に合わせるため、宇宙のメッセージを受け取るためのアンテナを張り巡らせていたという発想だ、と思う。
3次元的に、そういうものを建造物として生み出すことになるには、生活の中に生活を宇宙の周波数に合わす、あるいは宇宙からのメッセージを受け取ることが重要だったということだ。


銀河の月の26日  テレクトノンでは、天上歩行 3日目


パレンケの遺跡に行く。
宮殿のなかのパカルヴォタンが、話をし、瞑想をしただろうと、
前日にホゼが話していた、台のある場所に13人が集まり、
そこで、虹の橋の瞑想を行う。

ホゼと挨拶をし、カンペチェに向かう。


ここ、1973年パレンケで行われたマヤ学会大会の最終日の午後、大半がマヤ遺跡の見学に行き、残ったアラバマ州の画家リンダ・シール、カルガリー大学の学生ピーター・マシューズ、エール大学の人類学教授フロイド・ローズベリー、この3人が支配者を表わす文字と、事件を表わす文字を結びつけ、午後4時までに、612年から783年にわたるパレンケの王の誕生と退位の日付を確定して、大会会場の壁に張り出し、夕食のときに説明し、大喝采を受けた、古代マヤが再び語りだしたといわれる瞬間である。「マヤ 神秘を開く旅」の記述である。
 考古学者ではない、日本人21名の旅であるが、本当のマヤの神秘を開き、心の深いところから、新しい時間の旅に、日本人が、そして、地球人が再び旅立てるように何かを伝えていくことが、この旅から生み出されることを感じる。3次元の科学の発見でなく、5次元の時間に向けてのコミュニケーションが始まることを願いたい。

銀河の月の27日  テレクトノンでは、天上歩行 4日目
ウシュマル、カバー で、10バクトゥーンのマヤに、意識をあわせる。

ウシュマル UXMAL
 雨の神チャック。その無数のチャックの数が、52であったり、カレンダーになっている。
 尼僧院は、人類学博物館がこれを模した設計であるように、独特の設計と数字が部屋の数にも顕われている。フランク・ロイド・ライトがこのプウク様式のこの尼僧院の建築に魅せられ、大きな影響を受けたという説明を聞いた。日本に大きな影響を受け、大きな影響を与えた旧帝国ホテル建築家。今、ライトの建築を紐解いてみると確かに、この尼僧院のマヤのデザインや、入り口、窓の数が、真ん中をはさんで、左右対称になっている美しさに、マヤの数学から来た建築美が、天才ライトを通して、現代人の感性と現代の建築家に浸透させた何かを感じる。
この尼僧院の中央から、声を出すと、その音響効果に驚かされる。

ウシュマル全体を見渡せる大ピラミッドの上の、祭祀が行われていたであろう王の座る椅子の前で、総督の館などを見下ろしながら、共振の人3人とコズミック・ミーティングをする。感応した一人が、泣き始めた。
虹の橋の瞑想も行う。マヤの中のすべてのネガティブなものを吸い込み、自分の中で浄化し、ポジティブなものに変えて吐く。

ウシュマル遺跡は、イグアナのマンション、とガイドが言うように、多くのイグアナが遺跡とマッチして共存している。
 


銀河の月の28日  テレクトノンでは、テレクトノンが完了する
チチェンイッツァー
天上歩行が終了し、
パカルヴォタンが地上に降下し、天と地を結びつける日に
このツアーも、メリダから飛行機で、メキシコシティーへ。
人口2200万人の都市。

チチェンイッツァー CHICHEN ITZA

6世頃のマヤ古典期に属する、旧チチェンイッツァーと
10世紀以降の、新チチェンイッツァーの二つエリアに分かれる。

新チチェンイッツァーのなかで、重要なのは、
ククルカン神殿といわれる大ピラミッド。
4方向すべてに階段があり、91段。91段×4=364段、それに頂上の1段で、
365段のカレンダーになっている。
 9段が中央の階段によって左右に2分され、18ヶ月のハアブ暦の1年を表わし、
四方向各面のパネルは、52個づつある。
 
 ククルカン、蛇の頭があるが、胴体がないデザイン。
数十年前に、墓守が気がついたのは、春分の日、秋分の日の夕方に、太陽の光がピラミッドの角が陰を階段に蛇の胴体を描き、ククルカンが顕われるというカレンダーになっている。
そのために、普通のピラミッドは、正確に東西南北を向いているのに、少しずれてというか、正確に太陽が春分秋分の日にククルカンを描くように、計算されて、建築されている。これを見るために、その日は世界中から観光客が来る。
 また、52年ごとに建て直された跡という形で、内部に入ると、今のその前52年前のピラミッドが確認できる。







太陽の月の1日  
テオティワカンへ。

ホゼたちも、意識をテオティワカンに向けるとのこと。
ピラミッド
月の神殿、死者たちの通り、
太陽の神殿。

テオティワカン TEOTIHUCAN 
350年から650年頃、繁栄したときには20万人以上の人がいたという。
8世紀になって突然姿を消したこの文明、この大都市の住民については、ほとんどなにもわかっていない。

テオティワカン、神々の集う場所、と名づけたのは14世紀にここを発見したアステカ人であるという。ここに王を埋葬すれば、墓の中で神に生まれ変わると考え、支配者の埋葬地として聖地とみなしたころは、ここがすでに廃墟になってから600年たっていたという。

この大都市は、紀元前200年頃から都市になり始め、死者の大通りはこの頃作られたという。月のピラミッド、太陽のピラミッド、ケツアルコアトル神殿といった巨大建造物は、紀元前後から350年頃までに造られたという。そして、650年頃までの最も栄えた頃、金属がなかったこの地で、黒曜石の産地、加工を一手に独占し、400箇所の加工場が発見されているそうだ。


月のピラミッド
高さ45m底辺150m×130m、太陽のピラミッドより20m低いが、
高い土地に立っているので、頂上の高さは同じになる。土地は死者の道のそって、
掘られて、低くなっていく。
 北の位置にある、月のピラミッドが、しかも、一番高い土地の上に立つこのピラミッドに、祭祀上の大きな役割があったことが想像できる。
 頂上は、風が強かった。


太陽のピラミッド

高さ63m底辺は222m×225m。サーカーのグランド7面の広さ。
太陽の神殿の頂上のピラミッドの中心で、KINが集まり、虹の橋の瞑想をする。

ピラミッドで、アッシュビルにいるであろうホゼの方と、パレンケで同じ瞑想をホゼとした碑銘の神殿の頂上に、意識を向ける。空からの光の柱が美しい。

メンバーの一人、慟哭する。



太陽の月の2日 飛行機に乗り
太陽の月の3日 成田に着く  赤い自己存在の蛇


今回のツアーの参加したメンバーにとっては、
23日 恋人たちの再会
24日から27日までの天上歩行
28日のパカルヴォタンが地上に降下し、天と地を結びつける日に

という時間は、フラクタルな形で、今回の旅を繰り返すことから、
多くの教示を与えることになると思います。

新しい時間への旅  





パレンケの「碑銘の神殿」というピラミッドの底に、地球通話管、テレクトノンに
よってパカルヴォタンの墓が1952年に発見されたのは、
考古学上の大発見であった。

と同時に、
692年に閉じられた墓が、1260年後の1952年に発見され、
1320年後の2012年に向けて、マヤの「時間のリアクションという意味」での
預言として、テルマ(埋蔵経)として発見された。

この12:60から、13:20への計時周波数の移行に向けて、
今回、パレンケに着いて、ホゼ・アグエイアスから、
パカル・ヴォタンの墓に入ることができることになった。
これは、この日本人が新しい時間に旅立つこのツアーに特別な意味がある
と・・・

というのも、まさに52年目、73回目の260日周期の日、2004年6月15日に
パレンケに、という話もあったが、
日本人が新しい時間に旅立つ、という前回のホゼの来日の意図を成就する目的で、
日本人のKINと一緒にパレンケに行きたい、という思いを伝えた。
そのときに、碑銘の神殿の横に立つ、ピラミッドの赤の女王に縁があると
ホゼが考えているステファニーは、鳥肌を立てて共振し、
ホゼも心を動かし、今回の3月2日をこのツアーのために選んだ。

260日前の6月15日には、もっと多くの賛同者とともに、
ホゼはパレンケに来たのだが、それでも、
パカルヴォタンの墓には、入ることはできなかった。

それで、ホゼは、今回のツアーに、また特別の思いをもち、
彼自身、9年ぶりに、パカル・ヴォタンの墓に降り立ち、
棺の解説をその墓の蓋の前で日本人のために行い、
テレクトノン、通話管を通して、外部の音が、パカルの石室に伝わってくる音を
初めて聞くことになった。
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Original Copyright © 13 Seed Year 2006 Foundation for the Law of Time.
Coordinating operation based on the Jose's formal commission for 2012.
© 13 Seed Year 2006 by Hirohide Yanase